みつかるまで more


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『みつかるまで』のスタッフのコメント

『みつかるまで』が目指したもの(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060516/p1
自分自身が映画に目覚めた、ある意味で原点、しかし「恥ずかしさ」からまともには向き合ってこなかった“ある映画群”と正面から対峙し、そこから受け止めてきたものの返歌になるような映画を、この際コッソリ作ってやれ、と思ったのでした。その映画群というのは・・・「1970年代前半の東宝青春映画」。

背のびして ミューズの蹠に 踏まれても(藤田一朗)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060526/p2
背のびして ミューズの蹠を くすぐらむ と詠んだのは川島雄三だが、ミューズの蹠に踏まれても、常本氏なら生きのび、さらなる情熱で映画を撮るに違いない。

キャメラマンは語る(志賀葉一×常本琢招)
その1
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060524/p1
その2
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060525/p1
その3
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060526/p1
-そんな中で『みつかるまで』は、比較的情緒的な作品だと思うんですが。
志賀「そうだよね。撮影的には結構難しい素材だったね。いわゆるキワモノ的なテクニックじゃない、もっと内面的なものを引っぱり出すテクニックみたいな」

『みつかるまで』に関する批評

やりすぎツネモト/みなしごツネモト(井川耕一郎)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060515/p1
映画の後半、モノレールに板谷・水橋の二人が乗るシーンがあるが、そこで途方に暮れた水橋研二は思わず板谷由夏の肩に頭を預けてもたれかかる。その仕草は何とも少女ぽいものだ。しかし、二人の間に性的な要素がないために、ごく自然な仕草に見えてしまう。そして、この世界の中に居場所をみつけらない者たちが、つかの間、幻の居場所を見出したかのような歓びとも悲しみともつかない複雑な感情をにじませるのである。

常本琢招の他の作品について

『制服本番 おしえて!』

自作解説『制服本番 おしえて!』(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070317/p2
特に、山下麻衣はどんどん輝いてきました。はじめのうちは、待ち時間の間はよく笑う、普通の女の子といった風情だったのが、次第に周囲と距離をとりはじめ、超然とした一人の時間に入り込むようになったのです。

主題歌「みなしごキッチン」について(井川耕一郎)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070317/p3
常本琢招の『制服本番 おしえて!』は、アイドル映画を撮りたいという欲望に貫かれているところが爽快だ。

『成田アキラのテレクラ稼業』

『成田アキラのテレクラ稼業』について(井川耕一郎)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070509/p2
私が、あれはよかったなあ、と感想を言うと、常本はこう答えた。あのシーンを撮っているとき、ミスターちんと丘咲ひとみには面白い芝居をしそうな予感があった。それで、カットをかけるのをわざと遅らせたら、アドリブでああいう芝居をやってくれたわけです。

『人妻玲子 調教の軌跡』

フランス書院文庫シリーズについて(井川耕一郎)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070526/p2
二人の男優は常本の「カット!」の声がかかると、すぐに私のところにやって来るのだった。そうして、さっきの芝居はOKでしたかね?と尋ねてくる。そういうことは常本さんに訊いてみたら、と言うと、いやあ、監督はぼくの芝居なんか見ちゃいませんよ、と言うのだった。たしかに常本は主演の橘未稀にべったりはりつくようにしてずっと演技指導をしていた。

『黒い下着の女教師』

自作解説『黒い下着の女教師』(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070516/p2
『黒い下着の女教師』を見返してみました。ビックリしたよ!児島巳佳の演技に。もちろん作品が完成した時点でも僕は満足していましたが、いま見るとメチャメチャレベル高いですね彼女の演技は。現在、一流の女優と呼ばれている人の演技に比べても全然遜色ないというか、それ以上。

『健康師ダン』

自作解説『健康師ダン』(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070331/p2
気持ちは関係なくテクニックをとにかく追求し、テーマや思想はそこから炙り出されてくればいい、『ダン』の前は1993年に撮った『テレクラ稼業』がそうでしたが、とにかく観客へのサービスに徹して、こちらが言いたいことは分かる人には分かればいいと開き直った作品が時には作りたくなるのです。

『恋愛ピアノ教師 月光の戯れ』

自作解説『恋愛ピアノ教師 月光の戯れ』
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070325/p2
では会ってみるかと制作会社に呼んだ麻田真夕は、大胆なヘソ出しルック、なぜか自信満々な感じで、初対面で「自分以外にこの役を演じられる女優はいない」と言い放つのです。どんな大物なんだ、そこまで言うならやってもらおうとヒロインに決めましたが、なるほど芝居がうまい。

ああ、ふりまわされたい―常本琢招『恋愛ピアノ教師 月光の戯れ』について―(1)(井川耕一郎)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070325/p3
おそらく、常本たちが『恋愛ピアノ教師 月光の戯れ』の中で中原中也の詩を引用したのは、エッチVシネマにお別れを告げてみたかったからだ。

常本琢招の発言・エッセイ

乾杯!ゴキゲン野郎(シネマ)~シネマGOラウンドによせて~(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20060804/p1
「ハッピーになれるデェ!」とは、阪本順治の呪われた映画『ビリケン』の惹句だったが、僕も今回、完成以来久々、『シネマGOラウンド』の作品たちを見直して、とにかくハッピーな気持ちになったことをまず告白する。

大工原正樹――「大きな男」(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20061125/p1
大工原の映画ほど、「映画は人なり」という言葉を感じさせるものはないと思う。どちらかというと緩やかなリズム。衒いがなく、真っ直ぐな演出・・・どれをとっても、大工原という人間そのものだ。そこがいい、と思う。

常本琢招の返信(常本琢招)
http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20070708
役者Aを追い詰めていくことで、普段持っている個性からもう一ランクアップして、Aにはここまで出来るのかというより高次元の能力を引きだしたい、という大それた野望を持っていたのだと思います。

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